大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)6762号 判決

原告 株式会社 住友銀行

右代表者代表取締役 峯岡弘

右訴訟代理人弁護士 海老原元彦

廣田寿徳

竹内洋

馬瀬隆之

右訴訟復代理人弁護士 半場秀

被告 兵銀ファクター株式会社

右代表者代表取締役 坂田博司

右訴訟代理人弁護士 上石利男

右訴訟復代理人弁護士 河合安喜

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

1. 被告は、原告に対し、平成二年一二月二一日合意を原因として

(一)  別紙物件目録記載一の1ないし4の各土地について設定された別紙根抵当権登記目録記載一の1及び同目録記載二の1の各根抵当権の順位を「変更後の順位『第一 三番根抵当権』、『第二 二番根抵当権』」とする

(二)  別紙物件目録記載一の5の土地について設定された別紙根抵当権登記目録記載一の2及び同目録記載二の2の各根抵当権の順位を「変更後の順位『第一 九番根抵当権』、『第二 八番根抵当権』」とする

(三)  別紙物件目録記載二の建物について設定された別紙根抵当権登記目録記載一の3及び同目録記載二の1の各根抵当権の順位を「変更後の順位『第一 三番根抵当権』、『第二 二番根抵当権』」とする

いずれも根抵当権の順位の変更登記手続をせよ。

2. 訴訟費用は、被告の負担とする。

3. 仮執行の宣言

二、被告

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は、銀行業を目的とし、被告は、金融業を目的とする、株式会社である。

2.(一) 原告は、株式会社小銭ハウジング(平成四年一月一日、株式会社ヒロ・オオタ・カンパニーリミテッドに商号変更、以下「訴外会社」という。)から、別紙物件目録記載一の各土地(以下個別には「本件土地1」等という。)及び同目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)について、次のとおりの各根抵当権の設定を受けている(以下個別には「原告の本件根抵当権(1)」等という。)。

(1)  本件土地1ないし5について

設定日 平成元年九月二七日

極度額 一四億円

債権の範囲 銀行取引、手形債権、小切手債権

登記 平成元年九月二七日受付第三一三六二号

共同担保目録せ第六三三六号

(2)  本件建物につき

設定日 平成二年一二月二一日

極度額 一四億円

債権の範囲 銀行取引、手形債権、小切手債権

登記 平成二年一二月二一日受付第四一二三八号

共同担保目録せ第六三三六号

(3)  本件土地1ないし5及び本件建物につき

設定日 平成二年一二月二一日

極度額 五億円

債権の範囲 銀行取引、手形債権、小切手債権

登記 別紙根抵当権登記目録記載二の1(本件土地1ないし4及び本件建物)、2(本件土地5)のとおり

(二) また、被告は、訴外会社から、本件各土地及び本件建物につき、次のとおりの各根抵当権の設定を受けている(以下個別には「被告の本件根抵当権(1)」等という。)。

(1)  本件土地1ないし5について

設定日 平成元年九月二七日

極度額 六億六〇〇〇万円

債権の範囲 金銭消費貸借取引、手形債権、小切手債権、平成元年九月二七日付ファクタリング取引契約、保証取引、保証委託取引

登記 別紙根抵当権登記目録記載一の1(本件土地1ないし4)、2(本件土地5)のとおり

(2)  本件建物につき

設定日 平成二年一二月二一日

極度額 六億六〇〇〇万円

債権の範囲 金銭消費貸借取引、手形債権、小切手債権、平成元年九月二七日付ファクタリング取引契約、保証取引、保証委託取引

登記 別紙根抵当権登記目録記載一の3のとおり

3.(一) 原告は、被告の青山営業部尾崎卓美部長(以下「尾崎部長」という。)との間で、原告の本件根抵当権(3)及び被告の本件根抵当権(2)の設定登記に先立ち、平成二年一一月二九日ないしは同年一二月一八日、原告の本件根抵当権(3)と被告の本件根抵当権(1)、(2)の順位を変更し、原告の根抵当権を先順位とする(本件土地1ないし4につき、原告の本件根抵当権(3)の順位を二、被告の本件根抵当権(1)の順位を三とし、本件土地5につき、原告の本件根抵当権(3)の順位を八、被告の本件根抵当権(1)の順位を九とし、本件建物につき、原告の本件根抵当権(3)の順位を二、被告の本件根抵当権(2)の順位を三とする。)ことを合意した(以下「本件合意」という。)。

(二)(1)ア 被告は、兵庫銀行系列のファイナンス会社であるところ、金融機関の支店の融資案件に関する担当部長は、商法四三条所定の番頭に該当し、支店における融資案件に関し、協調融資をする金融機関との間においてその条件について合意をする権限がある。

イ 尾崎部長は、被告新宿営業部(支店登記がされている。)の部長に任ぜられ、次いで、青山営業部(支店登記がされている。)の部長に任ぜられ、その融資案件を担当していた実質的には融資部長であり、原告との間においては、協調融資に関し、担保権の設定の順位について取り決め、また、その取り決めを変更する協議をする権限を当然有していた。

(2)  また、被告の融資権限規定によれば、保全上不利とならない条件変更は、無制限に、融資部長権限でなしうることとされているところ、次の事情からすれば、平成二年一一月二九日当時、本件土地に設定された原・被告の本件根抵当権の順位変更は、被告にとって何らの不利益となるものでもなかったから、尾崎部長には本件合意をする権限があった。

ア 原告と被告とは、訴外会社の本件各土地購入のために協調融資(原告一四億円、被告六億円、以下「本件協調融資」ともいう。)をしたものであるが、訴外会社の本件各土地の購入時には、その地上に建物が存しており、被告においてもそれを了承の上、右融資をした。

したがって、本件各土地上に建物が建築された場合には、その建物につき底地である本件各土地上に法定地上権が生ずる可能性があり、そうでないとしても、本件各土地のみの価値は大幅に下落することが明らかであった。

イ そして、本件建物の建築資金は、後記のとおり原告のみが融資したものであるが、仮に、原告以外の金融機関が右建築資金を融資したものとすれば、本件建物については、第一順位にその金融機関のための担保権が設定され、最悪の場合には、被告(及び原告)については、本件建物を追加担保とすることさえ不可能ともなり得た。

ウ その上、本件合意当時においては、本件各土地についての原・被告の各根抵当権の順位を変更し、被告のそれが後順位となったとしても、被告において本件建物について原告の次順位で追加担保の設定を受けることによって、被告の訴外会社の債権を担保するのに十分な価値を見込める状況にあった。

(三) 仮に、尾崎部長に本件合意をする権限がなかったとしても、

(1)  原告は、本件合意をする際、尾崎部長にその代理権があると信じた。

(2)  被告は、尾崎部長に対し、本件合意に先立ち、原告との間で、前記協調融資をすることを合意し、本件各土地に、原告を第一順位、被告を第二順位とする根抵当権を設定する、すなわち、右根抵当権の設定順位について原告と協議、合意する権限を付与した。

(3)ア  原告は、訴外会社から、平成二年一一月初旬ころ、本件建物の建築資金として五億円の融資の申し込みを受けた(以下「本件追加融資」という。)。そこで、原告は、尾崎部長に、本件各土地につき、本件追加融資についての担保を被告の本件根抵当権(1)より先順位で設定することの了解を求めるとともに、併せて、五〇〇〇万円ないし一億円程度の協調融資の打診をしたところ、尾崎部長は、先順位の根抵当権の設定については了承したものの、協調融資は断った。

イ  ところで、本件追加融資についての根抵当権設定については、①原告の本件根抵当権(1)の極度額を一九億円に増加する方法と、②いったん本件建物を被告の根抵当権の追加担保とする登記並びに本件各土地及び本件建物に本件追加融資のための担保としての根抵当権設定登記をした上、右両根抵当権の順位を変更する方法とが考えられたが、尾崎部長は、②の方法を希望したので、原告は、これを了承して、本件追加融資をすることになった。

ウ  そして、原告は、右尾崎部長との間の合意に従って、本件建物に、原告の本件根抵当権(2)、被告の本件根抵当権(2)及び原告の本件根抵当権(3)の各設定登記手続をした。なお、原告は、被告から右登記手続に必要な書類を預かり、原告において、被告に代わってその手続をしたものである。

エ  したがって、原告が尾崎部長に本件合意をする代理権があると信じたことには、何らの過失もない。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1は認める。

2. 同2(一)は知らないが、(二)は認める。

3. 同3について

(一)  (一)は否認する。確かに、当時、尾崎部長が、原告青山支店の廣瀬豊邦融資課長(以下「廣瀬課長」という。)と、本件根抵当権の順位変更に関し、打合せをしてきたことはあるが、被告の融資権限規定によれば、本件根抵当権の順位変更は、債権保全上不利となるものであるから、一担当部長の決裁権限を越え、融資審議会(会長、社長、専務取締役、融資担当常務、業務部担当常務及び融資部長で構成)の審議手続を経なければならないことになっている。しかも、当時の被告青山営業部の責任者は織田営業本部長であって、尾崎部長は一担当部長にすぎなかった。

(二)(1)  (二)(1)アは否認する。尾崎部長に与えられた権限は、訴外会社に対する本件各土地買付資金としての六億円の協調融資をする件に関するものに限定されるから、商法四三条によっても、本件合意をする権限は認められない。

イは否認する。

(2) (二)(2)は争う。

(三)(1)  (三)(1)は否認する。尾崎部長は、被告の担当者として原告との交渉窓口を務めていただけで、代理権云々といった大げさな権限を授与されていたと原告が考えていること自体、現実にそぐわない。

(2) (三)(2)、(3)は争う。原告は、超一流銀行であり、被告は地方銀行系列の金融会社であって、ともに融資に至る社内の内部手続や、稟議から決裁に至る諸規定が社内的に整備されていることは、むしろ互いの了解事項の範囲内であるし、常識の部類に属する。当然のことながら、一担当窓口の営業部長に決裁権が存在し得ないことは、他の事業会社と比較すれば、格段に周知徹底していたはずである。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、事実欄に摘示の当事者間に争いがない事実と甲第一ないし第六号証、第一〇ないし第一二号証、乙第一ないし第四号証、第六号証、証人尾崎卓美、同斉藤義雄及び同廣瀬豊邦の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1. 原告は銀行業を、被告は金融業(兵庫銀行系列のファイナンス会社)を目的とする株式会社である。

2. 被告の新宿営業部の尾崎部長は、原告の青山支店斉藤義雄融資課長(平成元年四月以降は副支店長)から、昭和六三年一二月ころ、原告の顧客であった訴外会社の本店用地取得のための協調融資を持ち掛けられ、平成元年三月二七日、原告において一四億円、被告において六億円を融資し、その担保として、本件各土地に原告の一四億円の根抵当権に次いで第二順位で六億六〇〇〇万円の根抵当権の設定を受けることとする稟議につき本部の決裁を得た上、同年九月二七日、右融資を実行するとともに、被告の本件根抵当権(1)の設定及びその旨の登記を受けた。

原告においても、右同日一四億円の融資を実行し、原告の本件根抵当権(1)の設定及びその旨の登記を受けた。

3. その後、原告は、訴外会社から、本件建物建築資金についての融資を求められ、五億円を融資することとしたが、平成二年一一月ないし一二月ころ、原告青山支店廣瀬豊邦融資課長は、新たに設けられた被告の青山営業部に転勤していた尾崎部長に対し、本件各土地購入資金についてと同じ割合での協調融資を持ち掛けた。

しかし、平成二年一〇月以降、金融情勢が激変し、青山営業部の融資業務は事実上ストップ状態にあったため、尾崎部長は、右協調融資には応じなかった。ただ、原告が単独で本件建物建築資金を融資すれば、本件建物について、原告が被告に優先して担保権の設定を受けるのは当然と考えていたこともあって、前記協調融資による各債権を担保するため、前記各根抵当権と同じ順位で本件建物を追加担保とし(それが、原告の本件根抵当権(2)、被告の本件根抵当権(2)である。)、更に、原告において、本件建物の建築資金についての追加融資金五億円につき本件各土地及び本件建物に共同根抵当権を設定し(それが、原告の本件根抵当権(3)である。)、それぞれその旨の登記を受けた後で、原告の本件根抵当権(3)と被告の本件根抵当権(1)、(2)との順位を変更し、原告の右根抵当権を先順位とすることには、応じる旨を表明した。

そして、尾崎部長は、その後直ちに、本店へ右順位変更についての稟議書を作成提出したが、これについては決裁を得ることができなかった(なお、尾崎部長は、その後再度、原告の右根抵当権と被告のそれとを同順位とすることとして決裁を求めたが、これについても承諾を得られなかった。)。

4. 原告側においては、訴外会社に対する本件融資に先立ち被告との協調融資をしたことがあったが、その際もやはり、原告が先順位で担保権の設定を受けており、これについても、専ら尾崎部長が被告側の担当者であって、何ら問題なく手続が進められたため、今回も、尾崎部長が承諾したのであるから、当然被告の同意も得られるものと信じ、前記のとおり本件建物について、まず原告に優先する順位で被告のための根抵当権設定登記手続を進めたものである。

5. なお、被告は、訴外会社との間では、今回の融資が初めての取引であって、本件融資及び根抵当権の設定に関しても、全く訴外会社の担当者と折衝したことはなく、必要書類一切を原告の担当者に交付し、その手続すべてを原告に任せていた。

また、原告と被告との間においても、専ら相手方を信頼することを前提として手続を進めていたため、被告のために本件建物を追加担保とするか否かについて明示の話合いがされたこともなく、まして、本件合意等について書面が作成されたこともない。そして、原告の担当者において、尾崎部長の権限等について確認したことも全くなかった。

6. 被告の融資権限規定によれば、融資額が五億円を超える場合には、会長、社長、専務取締役等で構成される融資審議会の稟議を求め、その決裁を経ることが必要とされている。

また、原告においても、本件のような融資については、支店の担当者にその権限はなく、原告の東京本部の審査部の決裁を経ることが必要とされており、本件についてもその手続を経て融資等が実行されている。

7. なお、平成二年一一月二九日当時の本件各土地の価格は二一億円、本件建物の価格は五億円程度であった。

二1. 以上認定の事実によれば、原告と尾崎部長の間で本件合意がされたことを認めることができる。

2. しかし、尾崎部長に本件合意をする権限があったと認めることはできない。

(一)  まず、右部長が商法四三条にいう番頭に該当するとしても、前記認定の事実によれば、尾崎部長は、本件各土地の購入資金として六億円の限度で原告と協調融資し、その担保として根抵当権の設定を受ける権限を授与されていたにすぎず、本件合意をする権限を含むような特定の種類・事項の委任を受けていたことは認められない。

また、被告新宿営業部及び青山営業部は、いずれも当時、被告の商法上の営業所(支店)であったことが認められるが、尾崎部長が実質的にはその融資部長の地位にあったと認めることのできる資料もない(かえって、前掲乙各号証によれば、同部長が右両支店の支配人でもなかったことが明らかである。)。

(二)  次に、乙第一号証によれば、被告においては、被告の債権の保全上不利にならない条件変更は、融資部長の権限でなし得ることとされていることが認められるけれども、尾崎部長がここにいう融資部長に当たることを認めるに足りる的確な証拠はなく、しかも、平成二年一一月二九日当時においても、本件各土地の価格は二一億円、本件建物のそれは五億円程度であった(現在は大幅に減価し、本件各土地及び本件建物によっては、第一順位である原告の一四億円の債権を確保することさえおぼつかない状況にあることは当裁判所に顕著である。)こと前示のとおりであるから、原告が縷縷主張する事情を考慮してみても、被告の根抵当権の順位を原告のそれに劣後させることが債権の保全上不利にならないとはいい難い。

3. さらに、原告は、表見代理を主張するが、前示の事実によれば、原告の担当者において、尾崎部長に本件合意をする代理権があったと信じるにつき正当な事由があったとはいい得ない(金融機関にあっては、本件のような巨額の融資に関しては、上部機関の決裁を得ることを要するのはごく通常のことと認められるところ、被告も金融機関であるから、金融機関である原告の担当者は、同様の権限規定があることを当然予想し得たし、また、予想すべきであって、この点について何らの確認行為に出ることなく、安易に尾崎部長の意向どおりに進行するものと即断した原告側には少なくとも過失があったといわざるを得ない。)から、この主張も採用できない。

4. もっとも、前示事実によれば、原告は、本件順位の変更の合意が適式に成立し、そのとおり実行されることを信じこれを当然の前提として、本件建物につき、原告の五億円の根抵当権に先立ち被告の六億六〇〇〇万円の追加担保の設定に応じたものであると認めることができ(右変更ができないのであれば、原告は、被告の右追加担保を少なくとも原告の五億円の追加融資に関する根抵当権の設定より先にすることには応じなかったであろうことは容易に推認することができる。)、尾崎部長においてもこれを認識していたことは明らかであるから、本件建物に関する限り(本件各土地については、そのような関係は認められない。)は、被告が原告との間で原告の右五億円の根抵当権に優先する追加担保を主張することができるとするのは、合理性を欠くというべきであって、原告が被告に対し、右追加担保の設定登記の抹消を求めることができると解する余地があるというべきである。しかし、原告は、本訴においてそのような請求をしていないので、この限度で原告の請求を認容することもできない。

三、以上によれば、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 赤塚信雄)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例